好敵手



塔矢門下と森下門下は比較対象にされることが多い。
塔矢元名人と森下九段は同期だし、同じ四段で歳も一つ違いという芦原と冴木も注目株だ。
最近では塔矢三段と進藤初段というのもある。

しかし、打倒塔矢門下の森下門下にくらべ塔矢門下はあまり気にしていない様であるが…。



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最近、大手合の予定がが連続して入っている。
五段昇格がかかっているものと、龍聖第一次リーグ予選のものだ。

「冴木、しっかりやるんだぞ!」

森下師匠の励ましは逆にプレッシャーとして冴木の肩にのしかかっていた。

(おかしいな…)

前ならば師匠の言葉に後押しされるように手合いをこなしていたのに今日は逆に自分をこわばらせている。

(…落ち着け、落ち着け)



ロビーで小さく深呼吸して冴木はエレベーターに乗った。


(今日の相手は…前に当たったときは一目半差で負けたんだよな…でもあの頃より全然強くなってるはずだ!大丈夫…!)


何度言い聞かせたかわからない台詞を心の中で唱え、畳に足を踏み入れる。




(くそっ、どうしたっていうんだ!)

今日に限って全く緊張がほぐれない。
対戦相手は既にきていて碁盤の前に座っている。

(…)

平常心を装って冴木は座布団のうえに座った。


「おはようございます」
「あっ、おはようございます」
「今日はよろしく」
「こちらこそ」

うわべだけの挨拶を交わし、無言で碁盤を睨む。


「はじめてください」

   パチッ

碁石の音が響く中、冴木は集中を削がれたまま、必死に自分と戦っていた。

(ここにフリカワって、ノビればしのげるはずだ…
いや、それじゃあ逃げ切れない…あっ、くそっ、読み違えた!)

焦れば焦るほど盤上の手は乱れてゆく。




「時間ですので打ち掛けにしてください」

先生の声にばらばらと人が立って行く、しかし冴木はその場から動かなかった。

(くそっ、なんだ今日のは、まだ半分も打ててない、
時間を掛けすぎだ…これじゃ全然…)


「冴木くん、お昼一緒しようよ」

自分への叱咤は間延びした男の声と肩にかかる重みにに中断された。

「えっ、芦原さん!?」
「朝からこんな恐い顔して碁盤睨んでるから声掛けそこねちゃった。
さっ、御飯食べ行こうよ?それとも持ち弁?」
「いや…」
「じゃあいこうよ」

にこにこと、それでいて強引に手を引かれ、棋院のそばにある蕎麦屋に連れて行かれる。


「…」
「決まった?」
「え?…あ、はい、」
「すいません、…冴木君どうぞ」
「じゃあ、ザルうどん」
「僕はカレーセット…知ってる?麦屋のカレーは美味しいんだってさ、この間桑原先生が話してたの聞いたんだ」
「そうなんですか…」

未だ暗い顔の冴木を見て、芦原はちいさく溜息をついた。


「なんか余裕ないって顔してるね」
「!」
「どうしちゃったの?肩の力抜いてごらんよ、冴木君らしくないよ」

さらりと言われた言葉にはっとして顔をあげると、にこにことそれでいて責めるような芦原の視線がぶつかった。

「いつも緒形さんに言われてるんだ〜「芦原と冴木、どっちが先に五段になるかな?」って。ほら、塔矢門下と森下門下ってよく比較されるじゃない?
だからいつもきになってたんだ、冴木くんのこと」
「…俺を?」

いつもの笑顔で芦原は冴木を見つめた。

「いつも見てたよ、今日は随分肩と…ここに力入ってたから気になっちゃってさ」

眉間をつつかれて冴木は頭の中に立ち込めていた霧が一気に晴れて行くのを感じた。


「カレーセットのお客様」

「あ、僕です」
「こちらザルうどんになります」

注文の品が運ばれてきて会話は中断した。

「…あ、本当だ、ここのカレー旨い。はい、冴木君にも一口」
「え?…んぐ…あ、旨い」
「でしょ?」
「うん、カレーなのにあっさりしてるっていうか…」
「そうそう、そんなかんじ!
…前に食べ行ったときも思ったけど冴木君って言葉の選びかた上手だよね」
「そんなことはないですよ」
「あるって!あのときはマクドだったけどさ」
「あぁ、和谷とかも一緒のときですよね、芦原さんもああいうの食べるんだとか思いました。」
「食べるよ〜、ケンタとか好きだし。まぁ確かにあんまり行かないけどね」
「そういえばあとから進藤が塔矢を連れてきて」
「そうそう!塔矢が昼食ってるの久しぶりに見たよ!口げんかする姿もね」
「食事中ずっと進藤となにか言い合ってましたからね」
「おもしろかった〜」

そのあとも他愛のない話を交わし、そろそろいこうかという芦原の言葉を合図に店を出た。


「気負わずにいこう!平常心だよ」

芦原に後押しされるように背中をたたかれ、対局場にはいる。




午後からの対局、何故か落ち着いた俺はあれよあれよと言う間に石を詰め、気付けば相手と五目半差で勝っていた。

「勝ったんだ」

石を片付ける冴木の横に座り、芦原はにっこりと微笑んだ。

「芦原さんのおかげです…なんか、癒されました」
「僕、癒し系だから!…それに冴木くんとはちゃんと話してみたかったし。僕ねぇ、冴木君のこと…」


うれしそうに芦原が続けた言葉に冴木は目を丸くした。


「…だから、こんなところでつまづいてほしくないわけよ」

「芦原〜っ、まだか?早くしねぇと、研究会遅れっぞ?」


襖の向こうから芦原さんと同じ塔矢門下の人が声をかけてくる。

「あ〜っ!ごめん!もうそんな時間か!じゃあね冴木くん」

わたわたと去る後ろ姿を見送って冴木は対局ボードに結果をかきこんだ。



「まったく、用事の無い日まで棋院にくるなんて芦原は物好きだなあ」



エレベーターが閉まる直前に聞こえた言葉に冴木ははっとふりかえった。
対局ボードに目を通し信じられない、という顔をする。

今日は芦原木さん手合い無し…!?

   …なんで…。



『朝からこんな恐い顔して碁盤睨んでるから声掛けそこねちゃった。』

『今日は随分肩と…ここに力入ってたから気になっちゃってさ』

『…それに冴木くんとはちゃんと話してみたかったし。』

『僕ねぇ、冴木君のこと…」


芦原の言葉が頭に蘇る。



僕ねぇ、冴木君のこと、いいライバルだと思ってるんだからね。



「…ありがとうございます」

誰もいないエレベーターホールに向かって冴木は深く一礼したのだった。




                                  END


○あとがき○
芦冴PUSH!!!というわけで、好敵手でございました。
いかがでしょ?身内萌えしている芦原さん。いつも白川さんと間違えられる(泣)芦原さん。
でも、実は美味しいところを持って行ってる芦原さん(笑)
そんな芦原さんに振り回される冴木さん………いい(悦)(ヲイヲイ)