Don,t know me




シャカシャカ…

ヘッドフォンから聞こえてくるかすかな音。

いつもならなんとも思わないその音が、今日は妙に耳に障る。


…いつもはこんな近くで、この音を聞くことがないせいかも知れない。



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「あ〜、疲れた。飯でも食いにいくか?」
「マックいこうよ〜!!!」

練習後の騒然とした部室内は、みんなの騒ぎ声が響き渡っていた。
そんな中、いつもはだらだらと着替えている猿野が、さっさと荷物をまとめ、かばんを肩にかける。

「じゃあな、お先」
「あれ?あんちゃん今日は一緒に行かないの?」
「悪い、今日財布忘れちまってよ」
「猿野君、来ないんすか?残念ッスね…」
「奢りとはいきませんが、貸すことはできますよ?」
「……財布があっても、中身が無いんじゃ意味ねえよ」
「んだと!!!このクソ犬…!!!!! まあいいや。じゃあな、みんなも早く帰れよ〜」

大きく溜息を付き、猿野はさっさと出て行ってしまった。

「あんちゃん、なんか様子おかしくなかった?」
「どうしたんでしょうね」
「…きっと、これからおかまの集会があるんだぜ…プ」
「もしかしたら秘密の特訓してるのかもしれないッス」
「……」

みんなは猿野の様子にあーでもない、こーでもないと話を膨らませ始める。
そんな中、司馬は一人、黙って窓の外を見つめていた。





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「…やっとみんないなくなったか」

あれから数分後。
すっかり暗くなった部室の影、
みんなが帰ってしまったのを見計らい、猿野はごそごそと草むらから姿を現した。
そして、こっそりと窓に手を掛ける。

「ふふふ…」


カチカチ…カチャン。

隙間から工具を差し入れ、軽く揺する。
すると、容易く窓は開いてしまった。

「フック式の鍵は、チョロいぜ。…よいこのみんなは真似しちゃ駄目だぜ?」

誰にともなくそう言い、猿野は部室に忍び込む。

「さて、と」





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「……」
「どうしたの?司馬君」

みんなでマックへ向かう途中、突然歩みを止めた司馬に、兎丸が顔を上げる。

「……」
「え?忘れ物?でも、もう鍵閉まっちゃってるよ?」
「……」
「あ、教室なら入れるかもね。じゃあついて…」
「……」
「え?一人で大丈夫?でもさ……うん、わかった。じゃあ、いつものマックで待ってるね」
「……」

手を振りみんなを見送って、司馬はくるりときびすを返した。


…学校の、部室へと。





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「あれ、司馬君は?」
「なんか、忘れ物をしたらしくてね。マックには来るってさ」
「…にしても、よく司馬の言ってること解るな」
「なんとなく、ね。でも、僕も司馬君の声って聞いたこと無いな」
「そうなんスか?」
「うん…。
……あ!!ねえみて!!凄い満月だよ!!!」
「本当ですね、見事なビューティフルムーンです」
「綺麗ッス…」





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部室に忍びこんだ猿野はボールケースの底から本を一冊手に取った。

『ウッフン★女子高生のあれこれ☆チラリズム』

…要するに、エロ本である。

「フフフ、ボール拾い中にいいもん拾ったぜ。とっさにボールケースに隠したはいいけど回収できなかったのはつらいよな。
今日に限ってボール磨き明日の朝だなんてよ…あぶなかったぜ〜」

にやにやと本を掲げ、猿野は勝利の舞を踊る。
そして、おもむろにズボンを下ろし、ベンチに腰掛けた。

「誰もいない部室で一発…燃えるシチュエーションだぜ」

ムフ、と鼻息を荒くして、猿野は自家発電を始めた。




さっさと帰らなかった、自分の運命を呪うのはこのすぐあとだった。





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「……?」

なにかが部室で動いているのを見つけ、司馬は窓に手をつけた。
…窓は開いていた。
気付かれないようにそって開き、なかを覗き込んだ。
そこに見えたのは、学ラン姿の背中だった。

はっ、はっ、という荒い息づかいが聞こえてくる。
体調でも悪いのだろうか。

「………誰?」

ぽつりと呟いた声は、予想以上に大きく、部屋に響いた。
びくううっ、と背中が大きく揺れる。

「………っ!!  ぁ、……は・」

それと同時に艶めいた声が聞こえ、嗅ぎなれない匂いが司馬の鼻を刺激した。




…雄の、匂いが。






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「し・司馬……?」

ぎょっとした顔が、自分を凝視している。
その顔は、見覚えがあった。
つい、さっきまで、一緒に練習をしていた。
…こんなに、可愛い顔をしていたなんて知らなかったけど。

「…ナニ、してるの?」
「…な、なにって、ちょっと、わ・忘れ物を・・さ。…ヘヘ」

必死に下半身を隠しながら、猿野は笑った。
ほてった顔は、疑惑を確信に変える。

「…シテタ、の?」
「!!!???   …なに、言って…」
「…ニオイ、すごいよ?………それに…」

そこまで言って、司馬はひらりと部屋に侵入する。
身軽な彼なら出来なくは無い行為だったが、まさか入ってくるとは思わなかった猿野は、
その光景をあっけに取られながら凝視していた。

「……ヤラシイ顔、してる」
「…っ」

頬に触れられ、全身が栗毛立つ。
冷たい、手。
サングラス越しの目は、闇の中全く表情を見せない。
そのことがさらに恐怖を煽っていく。

「……し・ば?」
「……猿野って、こんな顔も、できるんだ。恐い、って、顔、して、体中ぶるぶるしてる。」

近づいてきた顔は、確かに司馬だった。
だが、彼の口は、こんなに言葉を発するものだったろうか?
彼の耳元から聞こえるチャカチャカいう音は、こんなに耳障りな音だったろうか?

「…俺は、司馬がこんなにおしゃべりしてるのを、初めて見たぜ…おまえ、本当に、司馬か?」

恐怖を顔に貼り付け、猿野は司馬の顔を凝視する。
そんな猿野の様子に、司馬は口元に笑みを浮かべる。

「……そうだよ。僕は、司馬、葵。」

「…僕が、恐い?」

そう言って、ちゅ、と眉間にキスを落とす。
続いて、目頭に、頬に、…唇に。

「…っう、んっ!!!!」

冷たい手が、股間に触れる。
チャックを降ろし損ねたそこは、易々と手の進入を許してしまう。

「わ…っ、や・やめろ、司馬!!!!……ぁっ!」
「さっきは驚かしちゃって、思わずイっちゃったんだね…まだ、出そうじゃない?」

性急な動きで、猿野のそこを擦り上げる。
一度達した性器は、ぐちゅぐちゅと淫猥な音を立て、また欲求に忠実に、勃ち上がってゆく。

「や・だぁ…待てって…あ・あ・ぁ…」

拒絶をしようと伸ばした腕は、司馬を押し戻そうとするが、力が入らない。

「やだ・や・ あ……ひぃ・あ・あああああっ!」

そして、甲高い声をあげ、あっけなく達してしまった。


ボタバタッ…


掴まれたそこから弾けとんだ飛沫が、コンクリ製の床に絵を描いてゆく。


白濁とした精液に塗れた手で、猿野の顔を撫で上げた。
薄く涙を浮かべながら、猿野は信じられない、という顔のまま司馬を見上げた。


そこで見たのは、サングラス越しの、紅い目。












記憶はそこで途切れた。






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次に目を覚ましたとき、猿野は部室の外で大の字で転がっていた。
衣服はきちんとしていて。
窓には鍵が掛かっていて。


無論、視界には、司馬の姿などはなく。


…でも、


かばんの中には例のエロ本。

そして、下腹部に残る、排泄後の倦怠感。





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「あ、司馬くんお帰り。教室入れた?」
「……」
「駄目だったの?残念だったね」

首を振る司馬に気の毒そうな顔をしたあと、兎丸はもう一度、司馬の顔を見上げた。

「……?」
「…なにかあった?」
「……?」
「司馬君、なんか嬉しそう」
「……」

一瞬、困惑した表情を浮かべた後、司馬はにっこりと口元を緩ませた。
そして、人差し指を口元に当てる。






……僕と ……の、秘密。



聞こえない声が、そう言った気がした。








END





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友人のリクで「司馬×猿野」でした。…かなり無謀もいいところだよ!!!(汗笑)
なんだか、妙にホラー風味でしたが(汗笑)
エロも控えめだし(…)
これはアリなのか・・・???