ノイズが聞こえる。

耳障りな音に紛れ、
苦しいくらい、切ない音色。

まるで、私に語りかけるようなその音色を聞き分けるように
そっと耳を済ませた。





ANGEL HEART




中央に出たばかりで、右も左もわからなかった
そんな俺に、雨の日に、傘を差し出してくれた。
二度目の出会いは士官学校。
二人部屋の同室の男という偶然。
まるで奇跡だったと笑いあったのは、遥か昔の話。


その男も、いまではここにいない。



もう、あれから幾晩経ったのだろう。
いまでも、気づけば鳴らない電話を気にして、
だれにかけるでもなく受話器を手にしていた。

お前の声が永遠に聞こえない。

その事実は私の中でいまだ不鮮明なまま、
胸を抉る痛みばかり増えて。

必死に隠そうと前だけ見ていた。




痛々しいな、
と誰かが耳元で笑ったきがした。




「お前になにかあれば、私はそいつを地の果てまでも探し出し、復讐する」

まだ学生だった自分の言葉にお前は笑って、そして少し考えてこう言った。

「物騒なやつだな。じゃあ俺は…お前が痛い目にあいそうなときには盾になってやろう」
「お前に助けられるほど落ちぶれてはいない」
「馬鹿だな、例えだよ。…お前の強さを一番わかってるのは俺だ」

そう笑ってお前は でも、 と言葉を繋ぐ。

「なにかあったときに、一人だって思うなってことさ。薄っぺらでも、盾があるっていうのは心強いだろ?」




いつだか、お前とした約束。
その透明な盾は、いまでも有効なのだろうか。
私は、いまでもお前を感じていていいのだろうか?

答えはないのはわかっている。

それでも。

この気持ちは、どこへ飛ばせばいいのだろう。





「答えろ…ヒューズ…」







「ったく、またこんなとこで寝て」
「おまえはいつまでも学生気分か?」
「ほら、せめて毛布をかけろ」
「…泣くなよ。俺ならここにいる。…永遠にそばにいるさ」


夢うつつのなか、頬に軽く、なにかが触れた気がした。



気づけば転寝をしていたらしい。
司令部のソファで、天井を仰いでいた。
頬に当たったちくちくとした痛みは夢だったろうか?
あの痛みは覚えがあったのだが。
昔、よくヒューズがくれた、おやすみのキスのような…

そう思い、ふと耳を澄ませた。
遠くでラジオのような音が聞こえる。


この歌は、聴いたことがない。

ないはずなのに、何故か懐かしく、
胸が痛くなる。


どこから聞こえてくるのだろうか?





いつの間にか空は泣きだしそうに曇り、
音を探して街へと出た頃には雨が降り出していた。

雨足はどんどん強くなり、
交差点で、とうとうたまらなくなり、軒下へと入った。


雨に彩られた街は、まるで時間が止まったかのように人気がなく、
雨音と、かすかに聞こえるあの音だけがざあざあと響いている。


ああ、まるであの日のようだな。



「随分びしょびしょじゃねえか」

上京してきて初日。士官学校の寮を尋ねるために駅へとついた私に
雨という災難がふりかかり。仕方なく軒下を借り、雨足が引くのをまっていたときのことだ。
不意に目の前に影が落ちる。
見ると青年というにはまだなにか足りないような…自分と同世代くらいの少年が、私の前に立っていた。

「突然の雨だったしな、にしても随分な荷物だな」

黙ったままの自分に屈託のない笑顔を向け、彼は手に持った自分の傘を差し出した。

「まあ、これ使えよ。俺もう一本持ってるし」
「でもお前は…」
「平気平気。俺すぐそこの士官学校に用があるから走っていけばさ」
「いや、でも」
「風邪引かないようにな!」

颯爽と走り去った彼と、彼が置いていった傘を交互に眺める。

「…私もそこにいくところだったのだが」


まさかあれがあいつとの腐れ縁の始まりになるとはな。

懐かしい。
私はふ、と笑いを隠すように唇に手を押し当てた。

不意に目の前に影が落ちる。



「なんだ随分びしょびしょじゃねえか」



聞き覚えのある声。
私は驚いて顔を上げた。

屈託のないあの笑顔。
硬直している自分に少し困ったような顔で見下ろしてくるその顔を忘れることなどあったろうか?

雨音すら、身を潜めてしまったかのような静けさの中、彼は立っていた。

「突然の雨だったしな。にしても、一人でここまできたのか?随分無用心じゃねえか」




涙で前がよく見えない。

本当にお前なのか?

喉すら機能を忘れてしまったように、声が出ない。



「まあ、これ使えよ。俺にはもう、必要のないもんだから」

ハハ、と笑い声を上げそいつは俺に傘を差し出してきた。


「いいか、もうこんな風には会えないかも知れねえ。でも忘れんなよ。
俺は、ずっとお前の隣にいるってことを。
お前の心の、盾、だってことをよ」


真剣な顔でそう言って、私の胸を軽く叩く。

そうして、悲しそうな、嬉しそうな笑顔を浮かべ、軽く手を上げた。
まるで、さよならの合図のように。




ざああああああ。


不意に雨音が戻ってくる。

はっとしたように目を見開くが、そこに彼の姿はなく、
手には一本の黒い傘。
そして、傍らにちいさなラジオが置いてある。


そこから流れる曲は、自分がさっきまで探していたあの音だった。

オートリバースのように繰り返される曲は、
まるであいつが歌っているかのようだった。


「歌などではなく、お前にそばにいて欲しいのに…」

崩れそうな膝に叱咤し、涙を隠すかのように傘を深く持つ。
そうして、司令部へと戻る道を歩き出した。




その歌を胸に抱いて。




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2005/07/20 UP

マースヒューズキャラクターソング発売記念ーーーということで、

ヒューズCDの2曲目を聞いて、
いてもたってもいられなくなり書いてみました。
でも結局ロイ視点。。。

曲の歌詞をなぞって書いているので、
なんかいろいろぐちゃぐちゃですが…

あれは、絶対ロイにむけた歌ですよね!?

というのを大声で言いたかった。…それだけです(笑