携帯 電話 メール 距離 

電波に乗せなければ届かない、通話距離。



距離



私の手の中にある小さな箱。
こちらの世では「携帯電話」と言われるもの。
無論、私も持っていて、あの人も持っている。

少し仕事の話で電話をしていた。
隣にいるこの人は、なぜか私を見詰めている。

「…たのしそうだねえ」
「…は?」

電話を切った私にかけられた言葉は
とても不愉快そうなもので、つい首を傾げてしまう。

「電話」
「・・・これ、ですか?」

そうだと言わんばかりにちらりと視線を投げかけ
拗ねたようにソファに大きな身体を沈ませる。
まるで子供のようなその仕草に、つい笑みが浮かぶが
一度機嫌を損ねると長くなることを知っているので
隣に腰掛けて顔を覗き込む。


「楽しそうだったから」
「・・・え」
「それで話すのは楽しいのかい?」
「・・・話してみますか?」
「・・・」

ぶすっとしたままの彼にため息をつき、携帯電話を開く。
軽く操作すればすぐに番号が表示される。

通話を押す前に、ちらりと見れば、少し困ったような顔をして、
自分の携帯電話を取り出していた。


「もしもし?」
『もしもし?』

「・・・聞こえていますか?」
『・・・聞こえていますか?』

『・・・ああ、聞こえているよ』
「・・・ああ、聞こえているよ」

鼓膜と、空気を震わせる艶やかな低音。
手のひらひとつ分離れた距離から発せられているのに
この声は遙か電波を経由して届いている。

「どうですか?」
『どうですか?』

『・・・うん、そうだねぇ』
「・・・うん、そうだねぇ」

ほんの少し、機嫌が直ったのか
柔らかな声が耳をくすぐる。
なんだか顔を見るのが気恥ずかしくて背を向けて耳を傾けた。

「・・・確かに楽しいけれどね」

不意に受話器からの声が消えて
温かい吐息と共に声が耳に吹き込まれる。

ぎゅ、と大きな腕が、腰に回された。

「電話だけでは、物足りないね」

「そうですか?」
「ああ・・・言葉だけなんてつまらない。やっぱり、目の前にいて、触れられるほうがいいよ」
「そうですね・・・私もそう思います…」

電話で話さなければいけないほど、離れていたくないですから。

声には出さずにそう言って、顔を見れば
聞こえたというように微笑んで
抱きしめる手を強くした。

いま、あなたとの距離、ゼロ。







*****


翡幸現代その後、的な(笑
友人が電話好きなのかよく電話をしているという話を聞いて
俺は電話より直接会いたい派だなあと思いながらつらつら書いたもの。
あえて名前を書かずに書いたら8番隊(BLEACH)みたいにも見えるといわれた。

確かにあそこもだらしないのとツンデレだね(笑)