出会いは初心者修練所だった。



OneStepCloser
First Contact





そこに足を踏み入れたのは、俺が25のときだった。



「へえ、ずいぶんたくさんいるもんだ」

修練所の入り口で立ち止まり、まわりを見渡す。
初心者を支援するためのそこには未来を夢見る若者が
自分の番はまだかと申込書片手に溢れていた。

…やっぱり、俺がここにいるの不似合いかな…

ここにいる奴らと少なく見積もっても10は離れている俺がノービスから始めようなんて無茶もいいところだったか。



…でも、あのまま村でぼんやり生きていたくはなかった。






「ねえ、あんた」

ぼんやりとしていると不意に肩を叩かれた。
振り返ると少年が一人たっている。
前髪が伸びたくせのある紫の髪から
赤い目がじっとこちらを見上げていた。

彼の手には申込書が二枚握られていた。
そのうちの一枚を手渡される。

「これ、あんたのじゃないのか?」

確かに、申込書の写真は俺だ。
いつのまにか落としていたらしい。

「ああ、悪い。ありがとうな」

受け取ると、少年はもう一度俺の顔を見上げてきた。
少し生意気そうな赤い瞳に俺を映す。

「…あんたが受けるのか?」
「やっぱり、こんなおっさんがノービスからなんておかしいか?」
「いや、冒険者に年齢制限はない。いいと思う」
「そっか、そうだよな。サンキュな」

いくら自分でいいと思っていてもやっぱり人から言ってもらえたほうが安心する。
素直に礼を言うと少年は照れくさそうにうつむいた。
左目が隠れるほど前髪を長くたらしているせいでうつむくと顔が見えなくなる。


「あんたは」
「ん?」
「どうして今更…ノービスからなんて」
「…うーん、笑うなよ?」
「内容による」

正直者め、と心の中で毒ついて。
俺はここに来ようと思ったときのことを思い出した。

「…まあ…・・・今までは特に冒険者になるつもりなくって村でなんとなーく生きてたんだ」


なにかしたいけど、きっかけもない。
「そんな生活に嫌気さしてたときにな…近くの森でマンティスの群れに遭遇しちまって」

マンティスはアクティブモンスター。
他のモンスターならばこちらから手を出さなければなにもしてこないが
奴らは近づいたものを攻撃してくる。

「運悪かったんだよな。…で、そのとき、たまたま通りかかったんだろう。冒険者のモンクがすごい勢いでそいつら狩っていったんだ」

マンティスを簡単に蹴散らしてゆくその姿。
流れるような身のこなし。
戦うすべを持つ、その美しさ。

「…それ以来その姿が頭から離れなくてよ、もう、いてもたってもいらんなくなっちまってさ…」

そのときの興奮は今でも鮮明に思い出せる。
俺もああなりたかった。
幼いときの夢が目の前にいた。
…ただの村人でしかない自分の、なんと無力なことか。

俺の顔を見て少年はへぇ。と相槌を打った。

「じゃああんたはモンクになりたいわけだ。」
「そういうこと。お前さんは?」
「ヴェルド」
「…ん?」

そんな職業あったかな?
首を傾げる俺に自分の胸を指差して少年はもういちど同じ単語を繰り返した。

「俺の名前。ヴェ・ル・ド」
「あ、ああ?」
「お前さんじゃなくて」
「ああ、そういうことか…ヴェルドは何になろうと思ってるんだ?」

言い直してやるとヴェルドは少し満足そうに笑って、うーんと小さく唸った。

「特には…親に家を出ろって言われて出ただけだしな…」
「…そうか」


子供も色々大変だ。
ヴェルドは少し悩んだ顔をして俺をぱっと見上げてきた。

「ねえ、あんた」
   「では、名を呼ばれたもの前に」

ヴェルドの言葉をさえぎるように、教官らしき人物が門の前で声を上げた。
俺とヴェルドも顔を見合わせ、彼を見る。


次々と呼ばれてゆく冒険者たち。



「…ソウル」

「ソウル?ソウルリンカーか?なんでこんなところに…」

横で呟くヴェルドに小さく笑って俺は立ち上がった。

「?」
「いま呼ばれたの、俺」
「え?」
「俺の名前。ソウルって言うんだ。アオにオウヘンのナガレ。」

唖然としているヴェルドにそれだけ伝えて、俺は一歩を踏み出した。

「あ、おい!ちょ…ソウル!!!」

ヴェルドがなにか言っていたが、門の内に入るとそれも聞こえなくなっていた。












プロンテラの南。

露店でごったがえす道の壁で商人が客らしき男と話している。
近づくと話し声が聞こえてきた。

「なるほどね。で、どうしたの?」
「わかるわけないだろ?アオにオウヘンのナガレ…。それが漢字だってのすら教えねえんだぜ?だから…」

「俺がwisするまで音信不通。だよな」

後ろからそう声をかけると二人は驚いた表情で俺を見上げてきた。

「…蒼琉」
「蒼さん」
「今日はもういのか?」
「おう」

ヴェルドに笑顔を返して、俺も隣に腰掛けた。



あれから2年。
俺はモンクになり、ヴェルドは商人になった。

…そして。


「いまヴェルに蒼さんとの馴れ初めきいてたんだ」
「馴れ初めって…」
「違うのか?」
「違うだろ」
「ちがわねえだろ?」
「…あのなあ…いや、まあ、初めてあったって意味じゃ馴れ初め…だけど」

つい顔が赤くなりそうになるのをかくして、ヴェルドを見た。
ヴェルドは楽しそうに口の端をあげて、俺を見ている。
楽しそうに鼻歌を歌いながら露店の商品をしまいはじめた彼に客が声をかけた。

「もう終わりにすんの?」
「ああ、魚は今度仕入れとく」
「よろ〜。じゃあ蒼さんまたね」

手を振ってかえるお客を見送って、ヴェルドを振り返った。
鼻歌を歌いながらカートに荷物を載せている。

「…なに話したんだよ」
「だから、馴れ初めを少々」
「馴れ初めって…あんときは馴れてもなんもなかったろ?」
「俺は、もうあんときから、あんたに惚れてたぜ?」

さらっとそういって、俺の手を掴む。
その手の感触に知らず頬が染まった。

「お、お前ねえ」
「なに?」
「…ったく。帰るぞ」
「ん」

手をつないだまま行こうとするヴェルドの頭をはたいて一緒にカートを引く。
ゆっくりと進むカートを引きながらヴェルドは俺を見た。

「で?」
「…ん?」
「あんたはいつ、俺に惚れたんだよ」
「へ?」
「な、教えろよ」
「…嫌だっ」
「教えろ」
「んなこというとテレポで帰るぞ」
「ひでぇ」
「…気が向いたら…あとで、教えてやるよ」
「なら今教えろよ」
「嫌だね」

楽しげな声が大通りにこだまする。
影で小さく手を触れ合わせ、笑った。


幸せな気持ちを抱いて、俺たちは同じ道を歩いていた。




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ヴェルさんと蒼のなれそめ。ということで。
実際、修練所が混んでるところなんて想像できませんが(爆笑

ちなみに、蒼さんが25・ヴェルが16のときの話です(笑