夏のにおいが遠く、秋のにおいが風に混じる。
俺たちの熱い季節は終わりを告げて、新学期。


進む路への希望



目の前には、一枚の紙。
進路希望調査票
そう書かれた紙には、無論、希望を書く欄がある。
しかし、何か書かなければいけない場所は真っ白のままだった。

氷帝学園は大学部まであるエスカレータ方式の私立学園だ。
無論、他のやつらもほとんどがエスカレータで進学を希望している。
エスカレータ組はのんきなもので、向日や芥川などは既に引退したというのに毎日のように部活に顔を出して新部長の日吉にいやな顔をされている。

(確か、手塚はドイツ行く、言うてたな)

越前も全国大会後にすぐ、アメリカへ飛んだらしい。

そう思い出しながら、ふと頭によぎるのは向日らと同様、部活に頻繁に顔を出すかの人の顔。
彼はもともと、イギリスで名を馳せていたという。
ということは、やはり彼も行ってしまうのだろう。
こんな島国、彼には狭すぎる。
きっともう飽いてしまっただろう。



「おい」
「ぎゃあ!?」

思いふけっていたところを突然肩を叩かれ飛び上がる。
肩を叩いた人物も驚いて一瞬手を離したが、すぐにさっき以上の力で肩をつかまれた。

「てめえ、声をかけた俺様に対して叫び声とは、いい度胸してるじゃねえか、あーん?」
「・・・あ、跡部・・・脅かすなや・・・」
「勝手に驚いてんじゃねえよ。ったく、今日は練習に顔出すって言ってたのにぜんぜんこねえから呼びにきてやったってのに」

ため息をついて、跡部は俺の前の席のやつの机にどっかと座った。
俺の机の上を見て眉を動かす。

「進路の紙じゃねえか、まだ出してねえのかよ」
「・・・まあな」
「さっさと書いちまえばいいのに」

(出せへん元凶がよう言うわ)

誰のせいで悩んでるおもっとんねん。
そういいかけて口をつむぐ。

結局のところ、自分の行く道は決まっているのだ。
ただ認めたくなくて、勝手に手を動かせずにいるだけで。


地元の四天宝寺じゃなく、わざわざ関東の氷帝に入ったのだから
今更他に行きたいなんてわがままは通らないだろう。
それに、自分に海外に留学するような金も度胸もない。



「・・・上に行くの、いやなのか?」

不意にかけられた言葉。
いやなわけではない。
でも。

「・・・あー、そういえば、明日」

答えない俺に、少し眉を動かして、不意に跡部が話題を変えた。
俺を覗き込んで、シニカルに笑う。

「明日?」
「おう、お前、誕生日だろ?」

まさか、覚えててくれてるとは思わず、思わず跡部を見上げる。

「・・・そうや、今だけ後輩やで、センパイ?」
「ハハ。ならよ、なにか願いはねえのか?あれば俺様が聞いてやるぜ?」

無邪気に微笑んで、残酷なことを言ってくる。

(願い?そんなんあるにきまっとるやないか)

でも、こんな子供じみた我侭・・・言ったらあかんやろ。
わかってるのに、口が言葉を吐き出そうとしてしまう。

「・・・・たい」
「・・なに?」

漏れた言葉に、跡部が反応する。
もう、止まらなかった。

「・・・俺、跡部と一緒に高校に行きたいんや・・・だから、一緒に高等部に・・・日本に、いてください!!!」

いってもうた・・・!

跡部は唖然と俺を見ている。


・・・と、跡部の唇が動いた。

馬鹿にしたような言葉が返されると思っていたのに
返ってきたのは意外な言葉だった。



「・・・別にかまわねえぜ?」

「え?」
「つうか、元々上へ上がる予定だったがな」
「へ?」

意外な言葉の連続に、つい体の力が抜ける。

「・・・なんだよその反応」
「やって、跡部、お前・・・留学は」
「あん?なんで戻ってきたのにまた行かなきゃいけねえんだよ」
「そうやけど、手塚も越前も」

そう言えば、盛大にため息を漏らして俺の机に腰掛ける。
トン、と跡部の手が俺の胸を突いた。

「あのなあ、あいつらはあいつらだろーが。俺は散々外の世界を見て、ここに戻ってきたんだ」
「・・・うん」
「それに、今更編入なんて面倒なことできるか」
「編・・?入学やのうて?」
「イギリスは9月が入学式だ、もう遅ぇ」

くっ、と笑って白い指が俺の額を軽く小突いた。

「わかったらさっさと書いて提出して来い」
「あ、ああ・・・」

あわててシャーペンを握りなおして高等部進学、と書いた。
不意に跡部の顔が近くに寄る。

「高等部に行っても、絶対一緒にテニス部に入るんだからな」
「え?」

甘美な命令に思わず顔を上げる。
あまりにも近くに、跡部の顔。
唇に、柔らかなものが触れた。

「先に行ってるぜ。あ、さっきのは無効だからな、欲しいもんなんか考えとけよ?」

何事もなかったように、そういって、跡部は教室を出て行った。


(今ん・・・キス・・・やった・よね?)

早く職員室へいかないといけない。
分かっているのに、さっきの感触が尾を引いて、しばらく、動けずにいたのだった。






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忍足誕生日ネタ。
また前日オチです。

イギリスは9月入学式・・・はハリポタのときにそんなこと言ってた記憶があったのですが
違ったらすんまそんorz