それを忘れて過剰に愛を注いだり、欲しがったりすればその関係は早く壊れることもある。
…Love&Chain。
1:終わりの先
自ら選んだ終局…。
僕はサレンダーという選択をし、戦いは終わりを告げた。
帰国準備のため借りているホテル、そのベッドの上で僕は瞳をとじ、心の部屋の扉の前に立った。
彼は消えてしまったから、扉は一つになってしまっている。
[おい、ナム!!]
不意に記憶の破片が響く。
城之内君の声だ。
…違うんだよ、城之内君。
ナムは、彼なんだ。
…ナムという名は…彼の、名だったんだよ。
扉の前で僕は瞳を閉じた。
これから話すことは、僕の、僕と彼の…
…懴戲…。
2:目覚め
彼は『僕』だ。
僕がしたくてもできなかったこと、全部出来てしまう、僕と正反対の…
…もう一人の僕。
彼に気付いたのはずいぶん小さい頃、気付けばそこにいた。
昼も夜も解らない暗い井戸の底に生まれ、僕は闇が恐かった。
姉さんやリシドがそばにいたけど、蝋燭がなければなにも解らないという暗闇は恐怖を抱かせ不安を駆り立てていた。
そんな闇が、僕の中にもう一人の僕を作り上げたらしい。
存在をはっきりと認識したのは、僕が一人で地下の路地を行ってしまって迷子になってしまった日のことだった。
不安と暗闇で震える僕に彼は現れ、泣いていた僕の手を引いてくれた。
『泣くんじゃねえ、いっしょにいてやるから。な』
「君は…?」
『俺はナムだ』
「…ナム?」
『そうだ、マリク』
「僕のこと…?」
『てめえのことはなんでも知ってるぜ。だから安心して俺についてこい』
不思議なことにナムの存在は村のだれにも見えなかった。
使用人として常にそばにいたリシドにすら。
ナムは僕にいろいろなことを教えてくれた。
いいことから悪いことまで。
比率としては悪いほうが断トツだったけど。
「なんでナムは僕のそばにいてくれるの?なんでほかの人には見えないの?なんで…」
『おめぇはなんでばっかだな?俺はお前だ。それで充分だろ?ほら、もう寝ろよ』
「うん…」
ナムの冷たい手に抱かれ、僕は眠った。
ナムがいれば闇も恐くなかった。
3:自覚と嫉妬
そして運命の日…
僕は儀式により背にファラオの記憶を彫られ、リシドは自ら顔に刻印を彫った。
儀式の後、しばらくナムは表に現れなくなった。
そのかわりのように、リシドが僕の視界に頻繁に現れるようになった。
…いや、いままでと同じように過ごしているだけで僕がリシドを気に掛ける機会が増えたんだ。
いつのまにか僕の中でリシドの存在が大きくなっていた…
そんな僕の変化にナムが気付くのは早かった。
「どうして最近いっしょにいてくれないんだよ」
『てめぇはあのハゲが一緒にいてくれりゃあ満足なんだろ?』
「な・なに言ってるのさ…」
僕が動揺の色を浮かべるのを忌ま忌ましそうに見つめ、ナムは小さく呟いた。
『あんなやつ…消えちまえばいい…』
「…ナム?」
「マリク様、お食事の時間です」
「あ、うん」
リシドが来た瞬間、ナムは姿を消していた。
ナムがリシドに対していい気持ちを持っていないのは知っていた。
でも、それが何故なのかは僕には解らなかった。
『くそ、忌ま忌ましい刻印め…。あいつさえいなきゃ、…マリクの心は俺のものなのに…!』
気付けばどこかで、歯車が狂い出していたんだ。
4:悲劇
そして、あの事件が起きた。
こっそり抜け出した地上。
そこから戻った僕の目に映ったのは、父さんがリシドを殴り付けている姿だった。
なにをしてるの?
やめて・や・…
『…お前は見なくていいんだ』
遠くでナムの声がして、冷たい手が目を隠した。
そして、僕はその手に抱きかかえられ、気を失ったらしい。
気付いたときには僕の前に屍と化した父さんがいた。
「父さん…!?」
泣き崩れる僕の隣で、薄笑いを浮かべ見下ろすもう一人の僕…
『てめえを傷つけるものは俺が許さない…ククク…』
…恐い…なにもかもが。
不意にナムが振り返り、僕を守るように立ち塞がった。
目の前の人物を睨み付けている。
白い装束を身につけた男の人…一族の人間じゃない。
『こいつ…』
「この惨劇…全てはファラオの魂の意思なり」
その男はそれだけいうとどこへともなく去って行った。
…ファラオ?
その名を聞いて、僕の中で、なにかが壊れた音がした。
「…これは全部」
「ファラオのせいなんだね、ファラオが悪いんだね…」
僕はあまりにたくさんのショックに混乱し、現実から逃げてしまったんだ…
…そして僕は日本にきた。
ファラオと、その器に復讐するために…
5:ナムという名
「僕の名前はナムだ。よろしく」
バトルシティで僕はそう名乗った。
あのときはとっさに出た名前だと思っていた。
でも、本当はナムの意思によって、その名は使われたんだ。
『てめえの名前は今からナムだ…わかったか?』
どこからかもう一人の僕がそう囁いた。
「僕が…ナム…?」
そう考えると何故かすうっと気分が晴れた。
『そうだ…お前は、ナムだ』
もう一人の僕が褒めるように頭をなでてくれる。
そう、彼の意思で、僕はナムを名乗った。
…ナムは知っていたんだ。
僕の背中には『マリク』という名の十字架がのしかかっていたこと。
そして、彼はそれら全てを身代わりに背負ってくれるつもりでいたのだから…
6:人格交代
…準決勝
…リシドが天の裁きで倒れた瞬間、僕はもう一人の僕に背中から抱き締められていた。
「嫌だ!離して!リシド!」
『リシドなんて…くたばっちまえばいいんだよぉ…』
耳に生暖かい息がかかる。
どくん、と心臓が跳ねた。
『お前は俺が守ってやるから…なにも心配はいらねぇ…全部、俺に委ねちまいな…』
闇が微かに視界を塞いでゆく。
「や…っ・リシ・……」
すうっと身体からなにかが抜けた。
何故か目の前に僕の背中が見える。
「俺がマリクだ」
もう一人の僕が薄笑いを張り付けたままそう言っているのが聞こえた。
『彼が…マリク?』
マリク・イシュタールという過去、悲しき伝承、犯した罪…そういうもの全てを、
彼は僕から剥ぎ、背負い、憎まれ役を買ってでてくれるつもりでいたのだ。
しかし、僕にはナムが壊れてしまったとしか思えなかった。
その、暴走とも取れる邪悪さに、僕は怯え、恐れを抱いてしまった。
ナムの闇のゲームによって僕は生贄と化した。
そのとき、僕はすぐそばでナムの声を聞いた気がした。
「こいつが消えても俺が消えることはないがなぁ!!」
『安心しろよ、万一にもてめえ一人を闇に連れてはいかねぇぜ』
耳に吹き込まれた言葉は誰にも聞こえないくらいに小さくて、僕自身幻だったと思っていた。
…もしかしたら、負けてしまっても、ナムは僕と闇に落ちてくれるつもりでいたのではないか?
…悪いのはすべて自分と憎まれ役を演じ、嫌なことしかない現実に存在するよりは、共に闇に身を委ねたほうが楽になると考えたのでは…?
しかし、それらに気付いたのは、僕がサレンダーしたあとだった。
僕自身が選んだ結末。
それを悔やむ気はない。
それに今となっては全て、憶測でしか過ぎないのだから
7:もう一度、一緒に
人と人が出会った時、愛する役と愛される役は決まっている。
それを忘れて過剰に愛を注いだり、欲しがったりすればその関係は早く壊れることもある。
愛するということは信じるということであっても、相手の全てに寛容であるということではない。
…束縛される時、感じる愛もある。
+++++++++
心の扉の前で僕は閉じていた目を開いた。
目の前の扉に手を掛ける…
…ギィ…ッ。
中には椅子が一つ、そしてそこにはナムが座っていた。
腕と足に拘束がなされ、鎖で繋がれている。
僕がナムの前に立つと、彼は身じろいで首を上げた。
僕を見上げ、薄笑いを浮かべる。
『表に出なきゃ存在して構わねぇって?…お人よしにも程があるぜ?』
「…そうだね」
『いつか、お前を殺して、俺がマリクになってやる』
「もういいんだ…おわったんだよ、なにもかも」
そう言って僕は彼の首に手を回した。
そのままぎゅっ、と抱き締める。
彼は戸惑いの表情を浮かべながらも腕を延ばし、僕を抱き締め返してきた。
じゃらっ。
腕にはめられた拘束具の鎖が音を立てる。
『てめえは筋金入りの馬鹿だ…』
「そうだね…」
『大馬鹿だ…』
「…うん」
…ナム、君と離れるには、
僕等は長く一緒にいすぎた…
僕は、もう…
君と離れて生きていけない。
…ずっと、一緒だから。
END
◇2002/10
UP◇
◆Wマリクでした。というか、表マリク過去、というか…(汗)
これはかなり前から書き始めていたのですが、なんだかんだ長くなり(汗)
一番はじめと一番終りだけの予定が…
闇マリク=ナムと二人はほかの千年アイテムの奴らとは一味違うぞ!と言うのが言いたかった(笑)…
遊戯と獏良は高校生になってきづいたけどマリクは人生まるまる一緒だったんだから。
過去も記憶も一緒…。
すいません、ドリームっちゃって(笑)
題名、及び中に書いてある詩はB’zのLove&Chainからお借りしました。
詩といっても普通の歌詞じゃなくて間奏に稲葉さんが語ってる部分、という中途半端というか一部ネタなもんというか…なのですが(笑)
なんかマリクっぽいな…と(笑)
後書きなのに長々とすいません(笑)